 Masuk
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「孝介がお前にやったことは、許されない行為。不倫もDVも。そして既婚者と知りながら、ずっと関係を続けていたあの女も罪に問われるのが当たり前。結婚してからずっと騙されてたんだぞ。失った時間は戻って来ないんだから」 孝介と過ごしていた無駄な時間も、ただ人形のように何もすることなく生きていた時間も戻ってこない。「うん。わかってる」 私は自分の幸せのために生きるって決めたんだ。 「俺が居るから心配すんな」 ポスっと頭を撫でられる。「明後日、九条社長を呼び出した。孝介も連れて来いって伝えてある。孝介の弱みである父親の前で全てをバラす。離婚の件は、なんか理由をつけて俺が美月の代弁をしてもいい。その場に居るの嫌だろ?」 お義父さんと孝介の前で離婚したいって言わなきゃ。怖いけど、そこまで迅くんに頼りたくない。「私が自分で離婚したいって言う」 迅くんは「わかった。近くに居るから」 私がなんて答えるか事前にわかっているようだった。「何から何まで、本当にありがとう」 明後日の段取りについて、迅くんから説明してもらった。 離婚についてはもちろんのこと、孝介が会社のお金を私的に使っていたことについて問い詰めるらしい。「BARで美月に会った時から、知り合いの興信所に依頼して調査してもらってた。孝介の行動はチェック済み。何をしているか、今日は家政婦の家に行くか……とか」 だから迅くんは孝介の行動を予想することができたんだ。 過去場面を振り返ると<なるほど>と思ってしまうところが多々ある。 今日は自宅に帰ると危ないからと、ホテルを予約してくれた。 迅くんはこの後も仕事らしい。 カフェへの出勤は、急遽休みにしてくれた。「明後日の朝、迎えに行くから。本当は一緒に居てあげたいけど、ごめん。何かあったら連絡して。明日家に帰る時は、亜蘭を同行させるから。必要な物、持ってきて」 明日孝介が仕事に行っている間に、自宅へ戻り、必要な荷物を取りに行く予定だ。明後日、離婚の話をした後は、念のためしばらくホテルに泊まることになる。<孝介が何をするかわからない>って配慮してくれた。 実家に帰ろうとも思ったが「ホテルの方が気が楽だろ?」 迅くんがそう言ってくれた。「本当は俺の家に泊まってもい
「お姫様抱っことおんぶ、どっちがいい?」 オフィスに着き、車から降りる時にそう訊ねられた。<裸足でも大丈夫>なんて言っても<絶対ダメ>って言われるよね。 抱っことおんぶ、どっちも恥ずかしいけど……。「おんぶ」 一言返事をする。 迅くんはフッと笑い、背中をかしてくれた。彼の背中に掴まった。 あっ、子どもの頃も迅くんにおんぶしてもらったことがあるような気がする。「ねぇ。昔も私が転んだ時におんぶしてくれたよね?」「よくそんなこと覚えてるな」 やっぱりそうだ。 彼は昔から私を守ってくれた。 今日だって、迅くんがいなかったら私は……。 ギュッと彼の肩にしがみついてしまった。「もう大丈夫だよ」 迅くんがそう言ってくれた。 また戻って来ちゃった。 さっきまでここのソファに座っていたのに。 ソファに座らせてもらい、タオルで足を拭き、消毒をした。 迅くんがほとんどやってくれたから<消毒してもらった>が正解かもしれないけど。「迅くん、カメラで見てたの?孝介の様子」 あの窮地にタイミングよく電話をかけてくれたってことは、リアルタイムで見てたってこと?気になっていたことを素直に彼に聞いた。「まぁ……な」 あっれ? 歯切れが悪い返事。「加賀宮さん、美月さんには話しておくべきです。九条孝介が取り乱した理由。美月さんがここに避難して来ている時点で、もう帰宅できる状態ではありません。あの人に何をされるかわかりませんよ。証拠は揃ったんです。結局は、あの家政婦の証言も利用しなきゃいけないんですから」 亜蘭さんは知ってるんだ。「あー。わかったよ。二人になりたいから、亜蘭、美月の靴買ってきて?」 えっ。どうしよ。 手持ちのお金、いくらあったっけ? お財布の中を確認しようとすると「金は要らない」 迅くんに止められる。「わかりました」 亜蘭さんはオフィスから出ていき、迅くんと二人きりになった。「こんなに話が進むと思わなくて、予定が狂った」「どういうこと?」 しばらくの沈黙。 私に言いにくいこと?「不倫の確実な証拠を集めるために、美和に近づいた」「えっ」 あの女って、美和さんのこと?「別宅として借りているマンションの家政婦に一時的になってもらった。それで、気のあるような素振りをして、食事に誘い、俺を
どうしよう。 この距離なら迅くんの声も聞こえちゃうかもしれないし、なんて言えば。 ドクンドクンと心臓の鼓動が聞こえる。 呼吸も上手くできない。 立ち止まり、動けずにいた時だった。 孝介のスマホが鳴った。 彼はポケットからスマホを取り出し、相手を確認している。「父さん?」 お義父さん!?このタイミングで? 誰でもいい。お願い、電話に出て!「もしもし?どうしたの?」 孝介が電話に出た瞬間、私は走り出し、玄関から飛び出した。 靴など履いていられない。「おいっ!!」 孝介が私を呼び止める声が聞こえたが、無視をした。 エレベーターを使わず、階段をかけ下りる。「迅くんっ、助けて」 電話がまだ繋がっているため、彼に思わず助けを求めた。<わかってる。今向かっているから。とりあえず、孝介に見つからないようなところへ隠れて> 息が切れる。 後ろを振り返る勇気がなかった。 マンションのエントランスから外へ出て、近くの公園まで走る。孝介が追ってくることはなかった。「はぁっ……はぁっ……はぁ……」 呼吸を整えようと、深く息を吸ったり吐いたりするので精一杯だ。<大丈夫か?今、どこにいる?> あっ、まだ電話繋がったままだ。「近くのっ……。公園にいるよっ」<もうすぐ着くから> 迅くんからそう言われた数分後、見たことのある車が近くに停まった。「大丈夫か!?」 迅くんと亜蘭さんが迎えに来てくれた。「大丈夫」「とりあえず、車に乗ってください。あっ!美月さん、足、どうしたんですか?」「慌てて出てきたから。靴も履けなくて」 そういえば、足裏が痛い。「暴れんなよ?」「キャッ!」 迅くんが私を抱えてくれた。「ちょっ、迅くん。大丈夫!歩けるから!もしかしたら孝介が近くにいるかもしれないしっ……」 私を追いかけて、近くにいるかもしれない。「別に見られても問題ない。靴履いてないって言えばいい」 そのままの理由でいいの!? 彼に抱えられたまま、亜蘭さんが運転する車に乗った。「とりあえず、俺のオフィスに行くから。そこでいろいろ説明する」「わかった」 逃げるように出てきてしまった私を、孝介はどんな風に思ってるんだろう。 私が帰った時の孝介の取り乱し方、尋常じゃなかった。 何があったの?迅くんなら何か
<バカ女にはキツく言っておいたし、一発殴っておいたから。本当にごめん。俺は美和のことを愛してる。たとえ今は難しくても、きっともうすぐ――><いつもそう。もうすぐだからって。結局、あの女と別れてくれないじゃない> リアルな会話、他人事じゃないのに。 まるで昼ドラとか深夜ドラマのシーンみたい。<ごめん。俺がもっと上の立場になれば。社長になれる日もそう遠くはないから!だからその時まで待っていてほしい><ごめんなさい。今日はこれで帰るね>ちょっと、待って!美和!> 二人の話はまだ続きそうだったが「証拠としては十分だな。不愉快だから、切るよ」 そう言って迅くんは画面を消した。 美和さんの様子が明らかに変だ。 ふぅと息を軽く吐いた後「美月。ごめん。今日この後、用事があって。時間までここに居てくれていいからゆっくりしてな。もし殴られたところが痛み出したら言って?医者呼ぶ。亜蘭にも伝えておくから」 迅くんはそう言ってくれた。 忙しいよね。「うん。わかった。ありがとう」 彼とはまた会えるのに。なんだか寂しい。 見送ろうと立ち上がると、頬に当たらないようにギュッと抱きしめてくれた。「ちょっと充電」 彼のことがわからなかった時は拒んでしまった時もあるけど、今は彼の胸の中が幸せ。 彼が仕事に行ってしまったあと、ソファで傾眠してしまった。 夜中あまり眠れていないのは、変わらない。 あんなベッドで熟睡できるわけがない。 帰ったら、孝介が待っている。 時間がきても<帰りたくない>そんな気持ちの方が強い。 弱音、吐いちゃダメだ。 仕事に行っていたと見せかけるため、ベガの退勤時間に合わせ帰宅をした。 鍵を開けると、孝介の靴があった。部屋に居るんだ。 リビングに行くと、孝介がテレビも見ずに座っていた。「ただいま」 声をかけるも無言。「ご飯、何時にしますか?」 その時――。 孝介が「お前のせいだ」 そう言ったのが聞こえた。 今、お前のせいだって言った?私、今日は何もしてない。「どうしたの?」 恐る恐る、彼の後ろ姿に声をかける。「お前のせいで、今日も彼女の様子がおかしかった。お前がこの前、美和さんに変なこと言うから、きっと傷ついたんだ」 カメラの様子を見ていたから、本当は私も知っている。 孝介は怒鳴るわけでは
しばらく待っていると、目の前に見覚えのある車が停まった。「乗って」と迅くんに合図をされ、助手席に座る。「ごめん。ありがとう」「いや、大丈夫。とりあえず、車走らせる」 向かった先は、彼のプライベートオフィスだった。「座って」 そう言われ、ソファに座る。「マスク、外して?」 彼の言う通りにマスクを外した。「まだ少し腫れてるな」 彼に優しく触れられる。「大丈夫。ちゃんと写真も撮ったよ」 隠しカメラに映っていると思うけど、自分でもDVの証拠になればと写真を撮った。「ごめん、辛い思いさせて」 迅くんは私の手を握ってくれた。「どうして迅くんが謝るの?迅くんが居てくれるだけで、私は助かってる。ありがとう」 私がそう伝えても、目線を下にどこか悲し気な顔をしている。今の迅くんらしくない。「迅くんの方がもっと大変な思いをしてきたと思う。だから私も負けない」 私が彼の頬に触れるとやっと優しい顔をしてくれた。「美月、今自宅は旦那と家政婦の二人きりなんだよな?」「そうだよ。きっと浮気してる。あっ!」 もしかして……。「今、家の状態が見れるの?」 あぁと彼は返事をした後「美月が教えてくれたDVの瞬間と孝介と家政婦の不貞行為の現場を記録としてまとめようと思っている。美月が居ない今日は、カメラの映像を見てみるしかないから。見るの、キツかったら見なくていいよ。見たいって思えるような映像でもないだろうし」 今は私が居ない、孝介と美和だけの空間だもん。きっとこの前みたいに、寝室で身体を重ねているに違いない。「見る。今この瞬間、あの二人が何をしているのか、現実を見たい。甘えかもしれないけど、今なら迅くんが近くに居るから大丈夫」 一人で見る気はしないけど、迅くんが近くに居てくれる今なら。「わかった」 彼はパソコンを開いて、自宅に設置してある隠しカメラの様子を確認してくれた。 あんな小さなカメラなのに、思っていた以上に鮮明に見えるんだ。 撮られている映像を見るのは、初めてだった。「まずはこれがリビング」 パソコンを操作しながら迅くんは教えてくれたが、リビングには誰も映っていない。 やっぱり――。「次に寝室」 マウスをクリックすると、そこには――。「げっ!」 思わず反応してしまった。「あ
孝介に殴られた次の日。 彼が出勤する時と同じ時間に起きてくることはなかった。 今日に限って仕事が休みなんだ。胃が痛くなりそう。 私はベガに出勤だけど、案の定、鏡で顔を見ると腫れていた。 それほど酷くはないけど、お化粧すると痛いし、マスクをして隠して行こう。 ベガに出勤すると「あれ?風邪ですか?」 マスク姿の私を見て、藤原さんに訊ねられた。「喉が枯れている気がして。乾燥するといつもそうなんです。保湿のために付けてます」 本当は何も問題はない。「ええっ!それは大変。私、本部に連絡するんで今日は休んでください!」 えっ、いきなり!?「あっ、でもこの間もお休みいただいたばかりで。いつものことなので、気にしないでください。熱とか、風邪症状は特にないですから」 この間、急遽フロアーを手伝った時にもお休みをもらっている。 それに、今日家に帰ったら孝介も居るし。帰りたくない。「慣れない仕事で疲れてると思います。もしかしたら風邪かもしれないので!私から連絡しとくんで大丈夫ですよ!」 藤原さんは私の話を聞いてくれない。 どんどん職員通用口へ追いやられている。 今日は平野さんもお休みみたいだ。 この間の藤原さんの言葉を思い出し、極力私に関わりたくないんだと肌で感じてしまった。彼女の勢いに負けて、お店の外に出てきてしまった。 どうしよう、迅くんに相談……。 ううん、仕事忙しいよね。亜蘭さんなら電話、出てくれるかな。 数回のコールの後、亜蘭は電話に出てくれた。<お疲れ様です。どうしましたか?>「お疲れ様です。あっ、えっと。今、話しても大丈夫ですか?」<はい。大丈夫です>「あの、実は……」 私が話を続けようとした時――。 一瞬、電話越しに迅くんの声がした。<ちょっ!待ってください。今代わりますから>「えっ?」 迅くん、近くに居るのかな。<美月。なんで亜蘭に電話すんの?> あっ、迅くんだ。「だって、忙しいと思って。仕事のことだし、下っ端がいきなり社長に電話するって普通はあり得ないでしょ」<美月はいいんだよ>「えっ?」<美月は特別。もし出れなかったら絶対かけ直すから。緊急だったら亜蘭でいいけど> 特別。 そんなこと言われて、ドキッとしてしまう自分がいた。<で、どうした?>「あ








